日本国の研究 (文春文庫)

日本国の研究 (文春文庫)

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文藝春秋
価格: ¥490

日本国の研究 (文春文庫)のレビュー

フィクションであって欲しい現実
外国人が本書を読むと、まさかこれが近代国家日本の事を言っているのではなく、何かのフィクションだろうと感じるのではないでしょうか。
それほどまでに、日本の行政の仕組みが狂っている事が本書を読むと分かります。
かつての日本人には、「個の利益を追求する」事は卑しい事だと言う認識があったはずですが、本書で描かれる役人はその対極の認識を持っています。ここに彼ら一流の無責任体質とが相まみえると財政が破綻するのだと言う方程式が理解できます。正しい認識を持った日本人が、国を運営するようにならないと、そろそろこの国も歴史から消えてしまうのではないかと言う危惧を持ちました。
道路公団はソ連軍か?
 かつて、小室直樹氏は、ソ連崩壊を予言したその著書『ソビエト帝国の崩壊』の中で「ソ連軍は、巨大な国鉄である。」と書いた。ソ連軍は効率が悪い親方共産党の組織で、その実力は意外に低く、破綻寸前の組織だと言ふ意味である。
 小室氏のこの言葉の裏を返せば、日本の国鉄は、ソ連軍の様な物だったと言ふ事である。では、道路公団はどうか?猪木氏は、本書の中で、日本道路公団が国鉄と同様の末路を辿るのではないかと危惧して居る。−−日本は、ソ連と同じ運命を辿らないだろうか?

(西岡昌紀・内科医)
日本国のカルテ
学生時代に長良川河口堰の問題をテーマに論文でも書こうと思い、色々な本を読んだことがありました。それらの本の殆どが治水権と利水権の争いと環境問題についてがテーマでした。当然私もその線でテーマを絞りましたし、私の中では一度国が決めた公共事業はどんな反対運動を受けても中止されることがないことが前提にあり、それに対して何も疑問を抱いていませんでした。最近になり郵政民営化や道路公団の民営化の問題がクローズアップされ身近に感じられるようになったことで、環境問題や都市と地方の格差だけではない、もっと根本的な問題が公共事業や公団運営に巣食っていることが明らかになりました。それらの問題をより身近にすることに成功したのがこの本の著者である猪瀬氏であります。今、郵政問題にメスがいれらるようとしています。当然今後の財政投融資の使途について国民の目は厳しくなると思います。無駄な公共事業を減らし、既得権益や天下りをなくしていくことが日本国の改革につながっていくものと期待します。この本一冊で日本国の現在抱えている病気が分かります。
ルポルタージュとしての現代行政
猪瀬氏独特の語り口調で日本国の行政の実態に迫っている。もちろん裏づけとしての数字も満載されているので、説得性も十分である。この本が発刊されたのが1997年で当時は橋本政権下で、行革基本法が成立した年というのも興味深い。ところが、その中身については、器ができたものの、中身、特にお金の行方やその内訳の規制については、なんと昭和30年代、40年代に決められたままという驚きは読者を打ちのめすことだろう。もっと平たく言うならば、車がめったに通らないところに高速道路を作って、通行料金を徴収する。お役人の天下り先が困らないほど、いや、困らないように、何に役立てるかわからない意味不明の目的のために立てられる施設、さらに、なぜ我々の大切なお金がいとも正当な理由によって吸い上げられるのか。日々のニュースからはうかがい知ることのできない情報が満載である。
冷静に評価すべきだか読む価値あり
 会計検査院の合法性からの逸脱が出来ない事については、戦後直後に
行政学の指摘があり、また財政民主主義手続きに乗っ取った予算・執行
・決算の三年周期の原則からすれば、決算審査の「遅さ」への指摘はお
かしい。さらに、なぜそういった特殊法人が残っていったか、という
分析は、第一次臨調以来、行政学や政治学では連綿たる研究が多く発表
されていた。また、資金が余っている、というのは、マクロ的な企業部門
の資金余剰との絡みで指摘しなければならない筈だが、一貫してミクロな
視点のみで叙述されている。このため郵便貯金と財投がストレートで結び
ついたような書き方になっており、事実からすればややおかしい。

 こうした点を強く見れば、この当時のアカデミックな水準から見て、
この本の主張にオリジナリティを見るのは、やや過大評価の嫌いがある。

 が、ルポタージュとして見ると評価は一変する。特に、研究レベルで
為されなかった特殊法人の出資を伴わない互助会や認可法人の驚くべき
蛸足的実態、「熟眠法人」を巡るブローカーの告白、互助会を経由した
公益性を全く無縁のサラ金貸出等々、今までアンダーグラウンドでしか
語られなかった「暗部」を見事に抉り取った。

 この本でのクリティカルな主張は、上は事務次官経験者、族議員から、
下は認可法人の従業員まで、この国の公共部門に属する存在が、上も下
も皆それぞれに腐敗し、その腐敗に一般市民が乗っからざるを得ないと
いう構造を暴いたことそのものであり、これは残念ながら現在でも妥当
する部分を強く持っている。その意味で、この本の指摘は未だ色褪せて
おらず、賛成批判の立場を問わず、現在でも一読に値する書物である。